投稿日:2009-01-08 Thu
仰天した。帰り道のATMに寄り、2万円を下ろそうとしたところ、桁違いの20万円が出てきたのだ。
まずい…、こんな大金。
早く、どこかへ。
本町通りのネオンが、いつもよりも眩しく感じたのは、きっと気のせいではないはずだ。
慌てて、ハンドルを逆方向へきる。
クリスタル・ギター(STシェイプ・フォトジェニック製)の誘惑にも負けず、
ハードオフでは、またあったら買おうと思っていた『グッド・ウィル・ハンティング』のDVDと、
明日子どもと観る予定の『ライオンキング』のビデオのみ購入し、帰宅。
9時まであと10分。
よし、間に合った。
森達也さんがゲストで出演している、教育テレビ『アラハタ』を観ながらの夕飯。
教育テレビといえば、もっと参加している人の年齢は低いが『しゃべり場』という番組があった。
意外と好きで、時々は観ていた。
番組冒頭、ハタチの頃の自分を漢字一文字で表すと、との問いに、
“悶”
とは、まいった…。
こちらが思っている以上に、森さんは浮いている。
容姿も。
発言までも。
しかし、気にしないところ、さすがである。
観ていて心地いい。
さて、番組内に「働いたら負け」というハタチの意見があった。
まぁ、これは意見でも何でもなく、インターネット上に流布している俗語であるらしいのだが。
それに、(恐らく)働いたことも無くこんなこと言っちゃってと反発したくなる気持ちを抑えると、
いくつかのことに気づく。
まずは、やっぱり、僕とこのハタチとの違いは紙一重なのだということ。
このハタチが特別なのじゃない。
ましてや、僕が特別なのじゃない。
僕にだって、こう発言する可能性はあったし、
むしろ、今のような状況の方が、僕にはそもそも想像しにくい。
それから、僕にとって、子どもといる時間には「働いている」という実感は乏しいということ。
子どもが帰ってから、あるいは家に帰ってから、
事務的な仕事や、あまりやり甲斐を感じることはない仕事は確かに、「働いている」と感じる。
拘束時間は長いが、労働時間はそれほど長くない。
というのが、5年足らず仕事を続けてきて思うところだ。
だから、「働いたら負け」という発言が、全く排除すべき発言であるとは思わないのである。
もちろん、発信元のハタチが、どんな身勝手な状況にいるのかは知る由もないのだが。
僕だって、僕を外に連れ出してくれたのは友達であり、女の子であり、歌だったのだ。
単なる、幸福な偶然である。
「働く」ということに関して、
それほどネガティブになる必要もないし、
かといって、ポジティブになり過ぎるのも僕にはあまり、馴染まない。
子どもと「いる」。
友達と、家族と、恋人と「いる」のと、そう劇的には変わらない。
それぐらいにしておくのが、僕には快適なのかもしれない。
僕にとって「働く」とは「いる」ことだと、結論しておこう。
思った以上に番組がつまらなかったので、自問自答してみた。
19万円(もう減ってるんかい!)の行方や、如何に。
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